(ハル) [DVD]
インターネットというハイテクを通して出会った二人ですが、
実際は人間味や温かみがとても感じられます。
内容としては何気ない日常生活とメールのやり取りがメインだけど、
二人がとても身近に感じられるし、
ネット恋愛を経験したことのある人には、とっても切なくて共感できる作品だと思います。
最後がまた感動的でした!
39-刑法第三十九条- [DVD]
まず、全体としては、大変な意欲作で、森田監督は、やっとその才能にふさわしいテーマにめぐり合ったという感じがする。
それだけに、設定にいくつかの難点があるのが何とも惜しい。
'この映画のストーリーは、タイトルが示す通り、幼い妹を惨殺されたのに、犯人が刑法39条のために刑を免除されたことに対する恨みから、他人に自分の戸籍と恋人まで譲り渡し、他人に成りすまして多重人格者による犯行を装って犯人を殺し、刑法39条により無罪を勝ち取ることによって、復讐を成し遂げようとする男の話だった。
刑法39条がメイン・テーマであるから、法律論議をするのを許していただきたい。
この映画のテーマからして、畑田の犯行時の年齢を15歳に設定したのは失敗だと思う。
まず、15歳で殺人を犯した少年の処分方法には、保護処分と刑事処分があり、前者であれば刑法39条が適用される余地はないから、この映画では逆送されて刑事訴追を受けたものと推定される。
ところが、少年法20条で、送致の時16歳になっていないと、逆送はできない(注:2001年4月試行の少年法改正で14歳になった)。しかし、少年事件の場合、勾留23日以内に家裁に送致され、3ヶ月以内に審判がくだされるから、犯行時15歳だった少年が逆送時に16歳だった可能性は低い。仮に16歳になっていたとしても、私の友人の最近まで少年事件を専門にしていた裁判官によると、16歳の少年を逆送することはめったにないということである。また、逆送されても心身喪失で刑を免除されるような少年は、神戸の少年のように保護処分により医療少年院に送られるのが普通だそうである。少年はまだ発育途上であり、精神障害と断ずるには若すぎるとされ、改善可能な人格未熟状態と判断されることが多いからとのことである。
したがって、15歳の少年が精神障害のために殺人を犯したケースで、逆送されて刑事訴追を受けたが、刑法39条で刑を免除されるという結果になる可能性は限りなくゼロに近いということで、全くリアリティを欠く設定になってしまっているのである。
また、この映画が批判する刑法39条がもしなかったとしたら、「可塑性」ある少年に極刑を科すべきでないとの判断から、それこそ、逆送はせず、医療少年院で治療するであろう。そして、神戸事件で淳君の両親が味わったのと同じ無念さを遺族は感じるだけである。
以上、理屈っぽくなって恐縮だが、言いたいことは、畑田の犯行時年齢を15歳にしたことで、批判の対象が少年法なのか刑法39条なのか、焦点がボケてしまい、すっきりしなくなるのだ。
この映画が敢えて畑田の犯行時年齢を15歳とした理由として考えられるのは、
(1)工藤と畑田の年齢が近いという設定にすることによって、被害者の方が人生を狂わされたのに、犯人の方は進学、就職、結婚と順調に歩んできたという矛盾がより鮮明になるから。
(2)観客が神戸事件を連想してより興味をもったり、時代を反映しているという印象を与えるから。
(2)の方はやや邪道だが、本音だろう。しかし、このようにいらぬ色気と欲を出すことによって、せっかくのテーマの焦点がボケてしまうのはどう考えても失敗であろう。
(1)のことを別にすれば、畑田と工藤を同じ世代にする必然性はないであろう。むしろ、畑田の犯行時年齢を20〜22歳くらいに設定したら、まさに「刑法39条さえなければ…」という問題がクローズアップされるてくるであろう。
'工藤は恋人まで犠牲にし、あんな手の込んだ復讐をしなくても、自分が未成年のうちに、少年法を逆手にとって畑田を殺すという方法もあったのでは。
'いくら子供の頃別れたといっても、柴田の父親が、工藤を偽者と見破れないのは不自然過ぎる。たとえば、息子と名乗り出た時は、既にアル中で人事不省だったとかいう設定にすればよかったのに。
'何も恋人を赤の他人と結婚させてまで、多重債務者を工藤として仕立てなくてもよかったのではないか。工藤は故郷の人からは行方不明と認識されていたのだから、そのままにしとけばよかったのに、わざわざ昔の担任に年賀状を出してまで偽者の存在をアピールしなくても。特に、砂岡の性格上、嘘をつき通せないことは、聡明な工藤になら予想がついただろうに。そこまで犠牲を払わなくても…という気がするが。
以上、いろいろ難点を取り上げたが、この映画はこうした欠点をカバーして余りある出来映えだったと思う。
刑法39条に泣いた主人公がその刑法39条に復讐するという奇抜な設定もさることながら、そのために行った周到な準備の数々、自らを犠牲にして協力した恋人、そして、精神鑑定人自身が抱えるトラウマ…
全く先の場面が読めず、最後まで観客をぐいぐいつかんで離さない展開。斬新な映像処理。はりめぐらされた伏線。challengingな演出手法。
そして、堤真一のすばらしい演技。はじめは、多重人格の白目を剥いた演技が「作りすぎ」という印象だったが、それは、実は、「多重人格者のふりをする」演技だったからにほかならず、計算尽くされたものだったことがわかった。そして、復讐のために、全てを犠牲にし、精神医学の本を読み漁り、自分に成りすます多重債務者を探し出し、他人に成りすますという冷徹でストイックな生き方が納得できるような重厚な演技。そして、最後に本当の自分をさらけ出せた時の、解放感とともに本来の知性をほとばしらせた話し方。役者としての舞台上の演技も含め、さまざまな心象を自在に演じており、出色の出来であった。鈴木京香はほとんどノーメークの迫真の演技で、「死の棘」で新境地を開拓した松坂慶子を彷彿とさせる。
助演の吉田日出子、樹木希林もすばらしい。
ただ、江守徹のあの目つきはいただけない。全くあの検事の性格が読めないし、どういうつもりであのような演出をしたのか、理解できない。
見所のシーンは、新潟の浜辺で香深が工藤の落としたサングラスごしにかもめを見る所と、香深が母親のほほについたご飯粒をなめとって
やる場面であろう。
武士の家計簿(初回限定生産2枚組) [DVD]
江戸中期より商人がめきめきと台頭し、将軍家は元より全国津々浦々の大名家が火の車であった江戸後期、陪臣も当然のように尻に火がついていた。そんな中のある武士の家庭を描いている。
現代でいうところの会計士にあたる主人公は家の負債を減らすべく、恥も外聞も捨て爪に火をともす生活を家族に強いる。それでも武士としての最低限の心構えだけは捨てない。わが子への厳しい教育、親子の確執、夫婦愛、そしてあらたな時代への変革の波が押し寄せる。
激動の時代を通して、家族の在り方に心打たれる傑作だ。
キネマ旬報 2010年 12/1号 [雑誌]
日本の代表的な映画雑誌「キネマ旬報」ではシリーズ企画として「黒澤明から受け継ぐ」を連載してきた。
今号では現在衣装担当ととして活躍している、黒澤明の長女・黒澤和子さんが父・黒澤明から、何を学び、何を受け継いだかを語っておられる。娘から観た黒澤明監督の公私にわたるエピソードが多く紹介されており、たいへん興味深かった。
ちなみに、このシリーズは1月上旬号の野上照代さんの巻をもって終了した。
その他のシリーズ掲載号は以下の通り
第1回 小泉尭史 09年10月下旬号
第2回 大林宣彦 09年11月下旬号
第3回 木村大作 09年12月下旬号
第4回 佐藤順弥 10年1月下旬号
第5回 出目昌伸[前編] 10年4月下旬号
出目昌伸[後編] 10年5月上旬号