Waltz for Debby
語り尽くされた感すらあるジャズの名盤中の名盤。
ジャズ初心者からベテランリスナーまで、多くの人の心を惹きつけて止まないピアノトリオの傑作だ。
ロマンティックで詩的といわれるエバンスらしい選曲、分り易くも奥の深い演奏、40年以上前のものとは思えない録音の音質、印象的で洒落たジャケットデザイン、名門「ビレッジ・バンガード」のざわついた雰囲気、ベーシスト・ラファロの録音の数日後事故死という物語性…
世の中にいい演奏、いいCDは沢山あるが、本当に名盤となる要素を兼ね備えたものはそう多くはない。
この"Walts for Debb"はその要素を全て兼ね備えた、エバンスの作品の中でも傑出した一枚といっていい。
このCDを聞く度にこうした音楽に出会えたことを誰かに感謝したい気持ちになる。
"My Foolish Heart"のゆったりと抑制された、しかし決して退屈でない演奏。
印象的な出だしから聞く人を引き込む"Waltz for Debby"。
サビのリフレインが印象的な"Detour Ahead"。
その後エバンスの十八番として幾度となく演奏されることとなる"My Romance"…
「ジャズファン」を自認する人は、ともすればこうした余りにも有名な盤をけなす傾向にあるが、素直に良いものは良いと言うべきである。
何かジャズを聞こうかと考えている方はもちろんのこと、ジャズに興味はないが、「良い音楽」をお探しの方にも聞いて頂きたい。
ノルウェイの森 下 (講談社文庫)
村上春樹って名前がやたらと一人歩きしいるが、私は村上春樹の本ほど予備知識なしに読んだ方が断然楽しめるものはないと思う。 事実、私は恥ずかしながら中学生まで外国文学しか読まない西洋コンプレックスばりばりの文学少女だったので、たまたま家にある『ノルウェイの森』を読んだとき、村上春樹なんて名前まったく知らなかったし、これがベストセラーなんてことも知らなかった。
だから、よく見る評価で“これがベストセラー?”とか“これが純文学?”とか“これがノーベル賞候補の作家?”とか書いてあるととても違和感を感じる。
そういう先入観なしに読んだら、ビックリするくらい自分の中にスルスル入ってくる奇妙な小説なのに・・・・。これはまぁ人それぞれだろうけど、私は少なくともこの露悪的なほど感傷的で理不尽な小説に物凄く感動したのを覚えている。
死人が多いとか、整合性がないとか、そんなこと他の小説でも山程あるし、性描写も特に過激だとは思わなかった。そんなことよりも、ただただ胸が痛くなった。 直子はキヅキや姉の亡霊に囚われ続けていて、本当に人を愛せなくなっていたのかもしれない。そんな静かな生を感じさせる直子を、唯一救えたかもしれないワタナベ君が、鮮やかな生を感じさせる緑に惹かれていく過程。そして直子やキズキが何故死ななければいけなかったのかの徹底した"分からなさ"は、この奇妙なストーリーだからこそリアルに浮かび上がってきて、痛々しい。
人の記憶なんて不確かなものが多い。事実、自分の胸にしまっている大切な記憶や思い出を掘り起こしたら、『ノルウェイの森』の様に奇妙で生々しいものが出来上がってしまうんじゃないかと思う。私は、この小説はワタナベ君が直子のことを忘れないために、書いた小説なのだと思う。 だからこそこれ以上ない位感傷的なのだ。大人になるとよくわかるけど、過去の記憶を思い返すときほど感傷に耽ることはないのだから。実際にあの時の中に身をおいていたころ、自分がどれ程青くさくて愚かなのか分かっている人はいない。
Norwegian Wood
訳者のジェイ・ルービン氏は原文をかなり忠実に英語に移している。彼自身、村上春樹の原文のリズムを大切にしているといっているので、その点でも日本語で読むのと違和感はほとんどない。英語で読んでもこの小説の切ない「透明な哀しみ」は過不足なく伝わってくる。何語に訳されても名作はやはり名作なのだ。
また、原文同様平易な口語英語の文体で訳されているので、大変いい英語表現の勉強になる。原文と英訳を対照しながら読んでいくと、あちこち感心させられる表現にぶつかる。「…店員たちはなんとなく手持ち無沙汰な風情だった」が"...and all the employers had that what-do-we-do-now? kind of look."と訳されていて、なるほどと思う。
ただ、やはり「文化」はなかなか単純に翻訳できないことも分かる。緑さんが何度も呼びかける「ねえ、ワタナベ君」も、カタカナ表記を含めて、"Hey, Watanabe"と出てくるたびに引っかかるものがあるし、日本語でその場にすごくぴったりな擬音語・擬態語も当然英語には移せない。また、訳者が「甘える」の内容を理解しないために誤訳を冒している箇所もある。食べ物なども含めて、日本文化と色濃く関わる部分がどのように英訳されているかは、なかなか興味深い問題だが、逆に、「…気のきかない奴隷みたいに」が"...like dumb geisha"(馬鹿な芸者みたいに)などと訳されているのを見るとガクゼンとする。トオルの口癖の「やれやれ」もなかなかぴったりな英語にはならない。
ともあれ、『ノルウェイの森』を日本語で読んで感動し、さらにまた英語で読んで再度感動し、おまけに英語の勉強にもなり、その上日本と英語圏の文化のズレについて考えさせられる。多少苦労しても、英語版を読むのは十分に報いられる経験だと思う。
Haruki Murakami: Norwegian Wood
日本語で読んだ時はそれほどいいと思わなかったのですが、十年以上経って英語で読み直して見ると凄く良く感じられました。これは読み手である私の方の変化によるものなのでしょうけど。このある種の日本語的ウェットネスを湛えた文章がどのように英訳されているのかは大変に興味のあるところでしたが(村上さんの他の作品の英訳というのはもっとイメージが描き易いように思うのです)、実に見事だったと言えます。
友人にも勧めました。英語で小説を読みたい人(つまりこれから読んで行こうとしている人)にはすごく良いのではないかと思います。何かを失ってしまった人達の深い悲しみが切々と全編に流れていて(英語版でも)、それが絶望の淵まで行きながらある「哀感」となり、ゆっくりと持ち上がって行く様の感動が瑞々しく描かれています。
クリスマス・ソングス
「静かなクリスマス」向きです。
とてもきれいな歌声で、目を閉じるとオシャレなジャズバーに来てしまったのかと錯覚するほどです。
手嶌さんの歌声はおしつけがましいところがないのに、とても個性があって、心が洗われるように透明です。
評価が四つなのは、英語のカヴァー曲のアルバムが続いてますが、日本語のオリジナル曲ももっと歌ってほしいという個人的な希望からです。