どくとるマンボウ航海記 (新潮文庫)
少し間をはずしたような文章が
独特で、はじめはとまどうのですが、
だんだんユーモアを感じるように
なっていきます。
緊張感を感じさせない文章が
とても新鮮でした。
どくとるマンボウ青春記 (新潮文庫)
60年代の初めに学生時代を過ごしたが、お金はなかったが時間だけはたっぷりとあった(ような気がした)。そこで休みにはよく上野の古い図書館に出かけた。そこが「北壮夫」との出会いの場所であった。たまたま書架にあった『羽蟻のいる丘』を含む初期の短編集、そして『幽霊』を読み、今までの日本の文学にない瑞々しい文学に忽ち魅せられてしまった。以来、氏のファンとなった。
『どくとるマンボウ青春記』は、氏が「マンボウシリーズ」で売り出してから何作目かの作品である。「同シリーズ」のなかで特に好きで懐かしい。最近になって改めて新潮文庫版を買い求め、40年ぶりに再読した。
Nur wer die Sehnsucht kennt,Weiss ich leide.
かつての旧制高校生がやたらと好んだというゲーテの詩が本青春記のキーワードである。今でもこの言葉は心に響く。北壮夫は戦時中から戦後にかけて旧制の中学・高校で過ごした。特に北アルプスの麓の松本で過ごした旧制高校の寮生活が生き生きと描かれている。今では望むべくもないが..。
戦時中の体験についての本は多い。学徒動員での工場生活、自宅の空襲による焼失、そして食べ物に対する強い執着なども描かれるが、淡々とした描写は戦争中における人々の生活や心情を知る上でも貴重な資料である。「戦争が多くの少年にいかに影響を及ぼしたか、つまりそれは、四年間の長い休暇であったのだ」はS.ラディゲの言葉である。
その後、仙台の大学に移り医学生として過ごすが、文学が忘れられない。父(茂吉)が亡くなり、夜汽車で東京に戻るとき、カバンのなかには完成しかけていた『幽霊』の原稿が入っていた。
氏が「青春記」を書いたのは40歳の頃である。読者である小生もすっかり髪が白くなった。「俵万智」氏の解説もとてもよい。
楡家の人びと (上巻) (新潮文庫)
他の方のレビューにもあるように旧版の文庫の推薦文で三島由紀夫はこの本を戦後の最も重要な日本文学の一つに挙げ、これこそ小説と評価した。市民的な意味を持った完成された文学とも言っていたような気がする。ともかく、あの三島由紀夫が手放しでこの本をベタ褒めしていた訳である。読む前はあまりの褒め言葉に『買い被りすぎたんじゃないか』という気も起こさせたが、一読してこれらの評価が文庫の売り上げを伸ばすための下らないお世辞文句ではないことは簡単に分かった。真に市民的な意味を持ち得た小説、これだけの文句を眺めているだけではどんな小説なのかは分からないが、読んでみると三島由紀夫が推薦文を通して言いたかった事が分かってくる。
体裁からして、少なくとも自分が読んできた本の中では一種特別なものである。普通小説などと言えば主人公が一人乃至二三人いてそれらが軸になって進むが、この小説では楡基一郎が建てた病院を軸として物語が展開する。病院に生きる人々の考え方や言動、逆らえない運命などを細やかに描写していっているのだ。関東大震災、戦時空襲などの災害を挟み、各がどう変わっていくのかも良く書かれていた。楡病院年代記という感じだろうか。栄えたり、衰えたりを繰返す病院に左右される人々の空しさも、悲しさも実にうまい。何十人もの視線で展開してそれぞれが個性を失わないのも特筆すべき点だろう。構成のうまさという点では自分の中でも最高峰だ。
長い小説だがあっという間に読めたような気がする。大きく心揺さぶられるシーンは少ないが、文学に親しんできた人ならきっとこの小説の味が分かるだろうと思う。是非読んでいただきたい。