夜になるまえに―ある亡命者の回想 (文学の冒険シリーズ)
美しい海、生きている悦びを味わった故郷。しかしカストロの独裁によって祖国に踏みにじられた青春とその才能。
とても辛い人生を書きながら、アレナスの言葉は読む者に弾けるような感動を与えます。キューバという国がアレナスの感性を育て、苦しめた。読む者に自由というものを考えさせる最高の自伝です。この感動は読まないとわからない。アレナスを知ること、とても貴重な体験になるに違いありません。
夜になるまえに
凄まじい本、凄まじい自叙伝、凄まじいノンフィクションである。
この本を読む前と、読んだ後で、自分の中の大きな何かが変わってしまった……という人も多いのではないか。
実際に私は大きく変わってしまった。
それは、キツく、辛いことでもある。
たとえば、今でもこの日本で、キューバの独裁者・カストロについての本はたくさん出ている。
基本的にほとんどの本が、「英雄カストロ」という視点である。
この本を読むまで私もそう思っていた。
勝手に、いつのまにか思い込んで、思い込まされていた。
しかし、このレイナルド・アレナスの魂の叫びである『夜になるまえに』を読み終えた後では、そう思い込んでいた自分自身を殴りつけたいほどの気持ちになった。
一冊の読書体験でここまでの衝撃を受けたのは、この『夜になるまえに』が初めてだった。
この本は決して政治的でもなければ、思想的でもない。
ひとりの人間の根源的な叫びである。
その人、アレナスは、ただひとつのことを叫んでいる。
それは、「自由」ということだ。
自由とは、いかに危険で、いかに激しく、いかに愛おしく、いかに困難で、いかに素晴らしいものなのか。
それだけを彼は命をぎりぎりまで削って訴えている。
たぶんこれから一生、何度も何度もこの本を読むと思う。
たぶん読むたびに何回も自分の心が切り刻まれ、吐き気をもおすだろうけど、この本だけは手放せないと思う。
夜になるまえに ― オリジナル・サウンドトラック
ずっと見損なっていた映画を相当遅れて、やっと観ました。ジュリアン・シュナーベル監督作品3作中ではベストだと思いました。そして、音楽もベストでした。
特にキューバン・ミュージックのファンではありませんが、絶妙な陽気さと哀愁のミックスチャーは、当時のキューバを音楽自体が映画の主題を物語っていて、素晴らしい!
単に、あの映画に対する選曲が良かっただけかもしれませんが・・・。
逆に、音楽は音楽で完全に独立したパワーをもっており、音楽を聞いても映画のシーンを思い起こさせない。
通常映画は、映像と音楽が表裏一体になっており、どちらかが欠けると、どちらかだけだと、その両方の「マジック」が失われる。
何度も、それには失敗した経験があり、今回は成功!でした。
映画の内容と同等にその音楽も優れていたと思います。
そして、原作も読みましたが、敢えてあの作品を映画化したシュナーベルを監督として尊敬します。おそらく、一作家として原作者に対する深い共感と愛情があったからできたことでしょう。
その深い思いが、音楽に至るまで徹底的にこだわったことが伺える一作そして一枚です。
夜になるまえに [DVD]
アレナスの恐るべき自伝を映画化した、それだけで賞賛に値すると思います。ただし、ないものねだりを承知のうえ、原作と比較して2,3気がついたことを以下に書きます。
まず、アレナスがハバナへ上京する場面。カメオ出演のショーン・ペンをもっと観たかったのは別にして、極貧出のアレナスがカストロ主導の革命に熱狂して身を投じ、のちに革命政府のお陰で高等教育を受けるにいたったことには触れられていません。つまり、革命がなかったら作家アレナスは生まれていなかったかもしれない。信じた革命政府による弾圧というのが重要です。
つぎに、原作の主題ともいえる自由なキューバ的性愛生活、愚かなほどに若い男たちと昼夜問わず「めくるめく冒険」をしまくる部分の描きこみが稀薄です。まるで魔術的リアリズムと思えるほどですから。
そして一番残念だったのは、死を賭して渡った自由の国アメリカでの、アレナスの想像を絶する絶望がほとんど描かれていないこと。「何でも金次第の、魂のない国」が彼の自殺をはやめたとさえいえるくらいで、原作を読んでもっとも苦しかったのがこの部分でした。
と、いろいろあげつらいましたが、ハビエル・バルデムの鬼気迫る演技は絶賛に値しますし(アメナバル監督作品などでも証明済みでしょう)、映像の美しさや展開のスピード感など、躊躇なく傑作といえる作品だと思います。また、DVDのパッケージデザインや付録小冊子も非常に良いです。