死の棘 (新潮文庫)
正直なところこの本を読んで愉快になろうと期待しないでください。心に突き刺さるような深遠かつ深刻な日々の葛藤を緻密に描写しているこの本。途中で投げ出さないでじっくり味わってみて欲しいです。島尾敏雄がなぜこれを小説にして世に出したのか。考えさせられます。
小栗康平監督の映画も観ました。松坂慶子が熱演しています。本書を読んでも今ひとつピンとこなければ映画をご覧になってください。きっと自分なりの答えが見つけ出せるはずです。
IN
「恋愛の抹殺」という言葉にひかれて手にとった。男女間の執心も愛憎も死によって消えもしなければ浄化もされない、ということを教えてくれた本。
『OUT』という作品に対しての『IN』なのだろうけれど、内容が対になっているわけではなく著者自身にとってのINとOUTなのだと思う。私はむしろINのほうにより心を揺さぶられたかも。個人的には非常に感銘を受けて様々なことを考えさせられたが、かなり好き嫌いの分かれる本だろうと思う。年齢層によっても好き嫌いが分かれること間違いなし。もともと好き嫌いが分かれる作家だと思うが、ファンの中でも賛否両論の作品、つまりOUT、ダーク、グロテスク、あたりの桐野作品が好きで同じものを期待して読んだ読者にとっては肩透かしを食わされた気分になるものだろうと感じた(私自身は上記3作品も好きだけれど)。
一読すると「○子」探しが特に興味深いわけでもドラマティックでもなく、○子が判明したからと言って意外でもなければわくわくするような展開があるわけでもなく平行するタマキのストーリーは私小説風味だし...なのにどうして読むものの心をここまで深く揺さぶるのだろう?
劇中作品『無垢人』において、そしてそれと平行して語られるタマキと青司のいきさつにおける現実と虚構の織り交ぜ方の巧みさ、「書くこと」に対する著者の真摯な姿勢、覚悟、気迫、けれん味の無さ、そういうものを全て力強い筆致で昇華した作品だから、と思う。
主人公であるタマキに完璧に共感できなくても、タマキの恋人だった青司に魅力を感じなくても作者が様々な覚悟を持って書いた作品であるその真摯さに惹きつけられる。ストーリーではなくその深さ、そして、作者の筆によって揺り動かされる感情や考えにひたる作品と感じた。
『OUT』で放たれたパワーは力強く美しいけれど『IN』においてここまで自分の中に入り込みさらけ出すことは相当な苦痛を伴ったはず。それをやりとげた作者に頭が下がる思いがする。
本作を読んで今後の桐野さんの著作活動がますます楽しみになった。