Straight Ahead
このアルバムに入っている”レフトアローン”はマルウォルドロンが出しているアルバムでよく聞きました、マルのピアノとアルトサックス?(演奏者は忘れました)の絡みの雰囲気がとてもいい感じでジャズファンには是非お勧めです。
先日カーラジオでこのアビーリンカーンのボーカルとマルのピアノでレフトアローンを聞き感動しました、スローテンポのこの曲にアビーのメリハリのあるボーカルが最高でした。
Team of Rivals: The Political Genius of Abraham Lincoln
本書(“Team of Rivals”)は、ペーパーバックの本文だけで750頁、二箇所ある貴重な写真頁に注釈と索引を含めると900頁を超える大著である。しかも、翻訳が未だ無いので当然原書を英語で読むことになる。映画の原作本(“The Notebook”)位しか英語の本を読んだことがなかったのに、オバマ新大統領の愛読書だという理由だけで本書を手にした余りの無謀さに自分でも可笑しくなった。でも、オバマは言っている。’Yes,we can!’と。私の中でChangeがその時Challengeに変わり、二ヶ月弱で読了することが出来た。
リンカーンといえば奴隷解放を実現した誰でも知っている歴史上の偉人だ。ラシュモア山に刻まれた横顔や記念館の入り口に腰掛けた巨大な石像から受ける印象は、その風貌と相俟って風雪に耐える大樹の如くいかめしい。残念ながら南北戦争時代の米国に関して、映画(「風と共に去りぬ」「ギャング・オブ・ニューヨーク」「ナショナル・トレジャー/リンカーン暗殺者の日記」など)から仕入れた貧弱な予備知識しか持ち合わせていない私を、当然のことに数多い歴史用語が戸惑わせる。幸いなことに本書には注釈と索引が完備されているし、主要な用語(例えば’Copperheads’=心情的に南部連合に同情を寄せる北部人)なども大抵の英和辞典にちゃんと載っているから余り心配はいらない。
本書は政治学的アプローチを試みた歴史研究の本としての枠を超えて、著者が女性だからなのか、リンカーンの家族はもとより、政治的ライバル達の家族(妻や娘、息子たち)に注がれる眼差しが柔らかく、暖かい。同時代的な証言者としての彼女ら、彼らの手紙や日記からの引用が多くて、リンカーンだけでなく閣僚たちの人となりや考え方の相違、政治上の対立構造が手に取るように判る。更に当時の立場の異なる新聞の論説や他の研究者の論評が加わり、史実の裏付けと迫真性が増している。
共和党内での大統領候補の指名争いで激しく闘ったライバル達三人(スワード、チェイス、ベイツ)との対比を通して、バックグランドや性格、政治的考え方や暮らし向きの相違を炙り出しつつ、中西部ケンタッキー出身の田舎弁護士だったリンカーンの際立った人間的魅力と意志と信念の強さがより鮮明になって来る。著者の卓越した描写能力と筆致の雄弁さに圧倒される(難しい英単語を読み飛ばさざるを得ない私のような読者でも、何となく文脈からそのことが理解できるから不思議だ)。
まさに書名どおり、自分の政権内に政治的なライバル達を取り入れたリンカーンには、適材適所に人材を配するべきだとの強い信念の外に、地域的なパワーバランスを図る必要性が高かった当時の微妙な政治状況が背景にあったことを本書は教えてくれる。候補指名の最有力者=最大のライバルだったスワードに真っ先に国務長官就任をオファーして協力を要請したのも、ニューヨークを地盤とするスワードの都市部での影響力をリンカーンが考慮したうえでの深謀遠慮だったらしい。150年後にオバマがリンカーンに倣ってヒラリー・クリントンを政権内に取り込んだ理由もこれで納得できる。
最大の政敵変じて最大の理解者となり、リンカーンに対する信頼と尊敬の念を深めてゆく国務長官スワード(Seward)。自身の裡にある大統領への野心を隠そうとせず、リンカーンを過小評価しその真価を認めない野心家の財務長官チェイス(Chase)。四人の中では最年長で、厳格ながらも篤実で堅実な法曹タイプの司法長官ベイツ(Bates)。彼らの強烈な個性が「表紙」の写真からも窺える。この三人に加え、閣僚には他の政敵達も集い合い、さながら梁山泊の様相を呈して来る様は下手な小説を読むよりずっと面白い。そんな一癖も二癖もあるライバル達を統御し使いこなすだけの自信が初めからリンカーンにあったことが、その天才的な政治手腕と政権運営能力が備わっていたことを歴史的事実が物語っているとは言え、やはり驚きである。
特筆すべきは、本書を読み進むうちにリンカーンが勉学機会のハンディを見事に克服し、友人知人から当時まだ貴重だった書籍を借り受けてまで読み耽り、寸暇を惜しんでは知識を吸収し、体験に照らして咀嚼し、極限まで自らを律しつつその人格と識見とを練り上げてきた稀代の人物だったことがひしひしと伝わってくることだ。 そんな厳粛で沈毅なイメージのリンカーンだが、人の親として最愛の息子Willieの病死に衝撃を受けて悲嘆に沈んだり、妻の浪費癖にお手上げだったり、南北戦争の捗らない進展に苛立ちながらも夜遅くまで電信室に入り浸って吉報を待つ姿に、人間臭さが感じられて正直ほっとする。何よりも人に冗談話や逸話を語るのが大好きだったというリンカーンが持つユーモア精神、サービス精神の旺盛さに心惹かれる。
上院議員選挙で一敗地にまみれたリンカーンがその二年後に共和党の大統領候補に指名された要因の一つに、地元イリノイ州シカゴで選出党大会が開催されるという地の利、時の利を得たことが大きかったらしい。奇しくも今年はリンカーン生誕200周年の記念すべき年だそうだ。同じ地盤のシカゴから大統領に上り詰めたオバマがリンカーンの聖書を就任式の宣誓で使用するほど心酔しているのも頷ける。本書(“Team of Rivals”)は四年前に全米でベストセラーになったほどの魅力溢れる歴史読み物であると同時に、オバマ大統領のお墨付きを得た優れた政治研究書であり、上等な人間研究書でもある。
フォア&モア
音楽的にも、ソロイストとしても変貌を重ね、とんでもない高い峰に登りつめたマイルスだが、楽器を鳴らすという意味においてもこの時点でおそらくピークにたどり着いたのではないだろうか。ディジー・ガレスピーの速さとハイノート、ファッツ・ナバロの豊かな音色とバランスのとれたフレーズ、クリフォード・ブラウンの火を噴くようなテンションとメロディアスなアドリブ。50年代のマイルスはこの3人に、演奏者としての資質の多くが劣っていたといえよう。ただひとつ勝ったのは、音楽を創造する力と新しさにおけるあくなき欲望であった。しかし60年代に入ってからのフリーブローイングには、テクニックにおいても、アドリブのすさまじさにおいても、時代の水準を超えたソロイストぶりがうかがえ、前出の3人の天才に引けを取らないトランペッターとなったのである。このアルバムは、マイ・ファニー・バレンタインと同じ日のコンサートでの非バラード編である。すなわち、ハイテンションでバリバリ吹きまくるインプロバイザー、マイルスの最高の姿が録音されているのだ。ソー・ホワット、ウォーキン、フォアなどは50年代とまったく異なったアプローチでハードなマイルスの魅力を引き立てている。ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウイリアムスという若手のリズム・セクションの秀逸さが光る。
反対尋問の手法に学ぶ 嘘を見破る質問力
嘘を見破るのは結局その人の話術であり、この本からはその技術までは書かれていない。
例文はいくつかあるが、日常の場面で駆け引きのような会話になればこの本の技術だけではどうにもならない。
曖昧な表現や弁護士の立場からでしか必要ないような場面もあり、やや困惑した。
タイトルである質問力がつくような内容を期待していたが、質問力というよりは、嘘の見破りかたが中心に書かれていた印象が強い。
このような弁護士の技術を一般の人が実際にこれを応用してできるか疑問が残る内容だ。
ただ、弁護士の観点から、嘘の見破り方を応用させようという考えが面白く、人の瞳孔から嘘を見破れるということや人の記憶はあてにならないなど参考になる点もいくつもあり、読んでも損にはならない。