ヴォカリーズ
ナタリー・デッセーは近年ナタリー・ドゥセという表記のほうが多いように思いますが、CDの標記に従います。
ナタリー・デッセーのこのアルバムは技巧、歌唱のどれをとっても完璧でしょう。歌唱に傷は見当たりません。選曲も実に考えられたもので、なにしろ歌心がある上に透明な声ですから、聞き惚れるという言葉しか思いつきませんでした。
彼女は今や当代随一のコロラトューラ・ソプラノかもしれません。リーフレットに書かれている岡本稔氏の「かぐわしい芳香を放つコロラトューラ」では、エディタ・グルベローヴァの裏キャストとしてナタリー・デッセーが登場して聴衆を魅了した話を披露しています。確かに書かれているように、ナタリー・デッセーの方がより女性的ですし、感情移入の巧みさ、表現力はグルベローヴァ以上でしょう。
このアルバムの選曲も一筋縄ではいかない曲ばかりです。それをいとも簡単に軽々と歌いあげ、そこに表情豊かな技巧が混じるわけですから、評判にならないほうがどうかしています。
1曲目のラフマニノフの「ヴォカリーズ」では、透き通るような声の魅力に頼ることなく、陰影を帯びた曲の表現力で今まで聴いたことのない水準へとリスナーをいざなってくれました。有名な曲だけに多くの歌手が取り上げており、それと比較しても最高水準の出来栄えでした。
グリエールの「コロラトゥーラ・ソプラノと管弦楽のための協奏曲」という珍しい曲を後半に収録しています。フルートとのアンサンブルも見事ですし、早いパッセージでも何の音程の狂いもなく、響きの当て方も均一で、お手本とも言える歌唱です。最高音の伸ばし方、そしてその輝きは最高でした。完璧としか表現できない名演奏でしょう。
ラストはヨハン・シュトラウス2世の「ワルツ ≪春の声≫」を軽やかに華やかに見事に歌いあげています。今まで聴いたことのない領域ともいえる表現力でした。